Friday, March 21, 2008

金融政策は経済に有効か?

3/22/08 若干修正。

以前このブログで金融政策の効果について書いた。この点基本に立ち返り、もう一度まとめたい。

金融政策が経済に与える影響は目に見えない。それゆえ、金融政策は経済学の中でも、特に金融論、マクロ経済学において非常に興味深いテーマのひとつになっている。

実は、金融政策が経済にどのような影響を与えるのかについて経済学者の間で意見が割れている。
今回は不況期における金融政策の効果について相反する2つの見解を見たい。一人は、阪大の小野善康氏。もう一人は学習院大の岩田規久男氏。(あくまで小生の両氏の見解についての解釈である。)


(1)金融政策は経済に短期的にしか影響しない

小野氏は、金融政策は景気、つまり消費や投資といった経済の需要面に短期的に影響を与えようが、長期的には経済に何ら影響をもたらさないという。

景気の悪いとき、金融緩和(経済にお金をばら撒くこと)を景気対策として実施することにより、手持ちのお金の価値が増え、人々は金持ちになったように思い、短期的には消費を増やす。(このような効果をイギリスの経済学者の名をとり、ピグー効果とか資産効果と呼んでいる。)

しかし、金融緩和により、やがて物価が上昇し、手持ちのお金の価値は目減りする。結局お金の価値は金融緩和する前に戻ってしまう。このときもはや消費は増えなくなる。つまり、金融政策はお金の価値を膨らませただけのバブルを作り出したに過ぎないのである。

したがって、小野氏の結論は、不況から脱出するには、拡張的な金融政策でなく、政府による積極的な財政政策による所得/雇用の拡張が必要である。


(2)金融政策は経済に大きな影響を与える

反対に、岩田氏は景気の悪いときに金融緩和を実施すると、実質金利が低下して、消費や投資を刺激し、所得や雇用を増やすという。(これをケインズ効果と呼んでいる。)

岩田氏は、この雇用の増加が、失業者に職を与え、職務を遂行する上で必要な知識・技能を与えることに繋がり、人的な資本の形成、つまりキャリアアップに寄与するという。人的資本の形成は、長期的に見て、経済の供給面、すなわち効率的な生産活動に貢献する。

よって、金融政策は雇用を刺激する点で、短期的にのみならず、長期的にも経済に影響するという。

岩田氏の結論は、不況期は議会の調整を伴う実施に時間のかかる積極的な財政政策ではなく、比較的決定と実施に時間のかからない拡張的な金融政策が必要である。


さて、両者の意見の違いは何か?小野氏によれば、岩田氏の見解は間違っているという。しかし、一見すると、両氏の見解はすごく似ている。

両氏の見解の相違は、「金融政策が実質金利に影響するか」という点にある。岩田氏は金融政策は実質金利に影響するといい、小野氏は影響しないという。

実質金利とは、近似的に

(実質金利)=(名目金利)ー(期待インフレ率)…(1)

と表される。名目金利は我々の預金や負債につく金利のことである。期待インフレ率とは、人々が将来の物価について期待するインフレ率のことである。厳密には、今期の情報に基づいて決定される条件付の期待インフレ率である。


小野氏は、そもそも実質金利はリアルサイド(実物面)から決まり、金融緩和などのマネタリーな要因では決まらないという。確かに、名目金利とは、預金や負債という金融商品につく「名目価格」であり、それは基本的に金融商品の需給によって決まる。つまり、金融的な要因で決まるのだ。

一方、実質金利は今日の支出と明日の支出との間の「相対価格」であるといわれる。例えば、アンパンを今日食べるか明日食べるかを考える。今日1単位のアンパンを食べると1の効用が得られ、明日食べるとなると、今日食べれなかった分効用が減じる。たとえば、0.8の効用が得られる。このとき実質金利は、

{(今日の限界効用)-(明日の限界効用)}/(明日の限界効用)

                    =実質金利…(2)

となることから、(1-0.8)/0.8=0.25となる。

つまり、実質金利とは、(2)式からどれだけ限界効用が下がるかという「限界効用の減少率」といえる。

この値が高ければ高いほど、消費者は今日アンパンを食べたいと思い、明日食べるアンパンの(相対的な)価値が上昇する。このことから、今日の資源を明日に持ち越したほうが消費者の効用が高まり、低ければ今日の資源は今日消費した方がよい。(これを、「消費の異時点間代替」という。)なお、(2)式の導出にはミクロ経済学の知識が必要。

(※もし上記の理屈がわかりにくければ、預金につく金利を思い浮かべよう。金利が上昇すると、預金を増やしたい、つまり今日の資源を明日に持ち越したいと思うだろう。同じ理屈である。)

つまり、今日食べるか明日食べるかの選択は実質金利に関わり、実質金利は(2)式から金融的な要因でなく、消費者の効用、つまり実物的な要因で決まる。この点小野氏の見解はまったく当然だ。

翻って、岩田氏は(1)式にあるとおり、金融緩和が、人々に将来のインフレ期待を抱かせ、期待インフレ率が上昇。そのことにより、名目金利との差である実質金利が低下するので、実質金利も金融的な要因で決まる。これも、(1)式から当然である。よって、実質金利が下がるので、人々は明日消費するのでなく、今日より多く消費しようとし、結果的に景気は上向く。

さて、どちらが正しいのか?実質金利は金融的な要因で決まるのか否か?

おそらく、両氏の見解の相違の根元には、「名目金利」にあるのではないかと考えている。

新古典派の経済学(小野氏)では、期待インフレ率が上昇すれば、それに見合って、預金金利や貸出金利も上昇する、または、預金/貸出金利は将来の期待インフレ率をすでに織り込んでいる、と考える。特に後者については、「完全予見」といわれているが、人々が合理的ならば、将来の期待を金利や価格に正確に反映させる。このとき、金融要因によって、期待インフレ率と名目金利が同時に変化し、実質金利は変化しない。

それに対しては、岩田氏は「完全予見」よりも、人々はその時々の金融情勢を正確に読めるほど賢くなく、将来の期待はその時々の情勢によって修正されつつ、金利/価格に反映される。これを「適応的期待」と呼ぶが、その理由により期待インフレ率と名目金利が同時に変化せず、実質金利が金融要因によって変化する。

さてどちらが正しいのか?現実的な観点から、岩田氏に軍配が上がりそうであるが、期待インフレ率と名目金利が平均的にほぼ同時変化するのなら、小野氏にこそ軍配がある。

結局、この点(1)式の、名目/実質金利の見方にこそ「金融政策が経済に影響するのか否か」という論点があるといえる。

参考文献:
(1)「実質金利の低下は個人消費を刺激するのか?-実証分析を中心に-」。
(2)小野善康『金融』岩波書店、および2004年の阪大でのレクチャーノート
(3)岩田規久男『金融 第2版』岩波書店

なお、ここで紹介した両氏の見解は、小生の解釈であり、ここでの間違いは小生だけに属す。

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