Sunday, August 29, 2010

円高、株安そして景気


2010年8月下旬の急速な円高、株安そして景気の動向が注目される。菅総理大臣、野田財務大臣の対米ドル84.34円、対ユーロ106.35円近辺に対する「当面見守る」発言が、株式市場に失望感を与えて(同年8月24日)、さらに株値を落としている、といわれている。

さて、問題は以下2点。①これらの指標、日本経済をどのように見るか。②政府・日銀は何らかの手立てを打つべきか。以上2点を考えていこう。

①日本経済の現状
まず円高である。円が外国通貨に対して高いか低いかの判断基準は「購買力平価説(PPP)」という指標を使うのが基本とされている。これは例えば、米国で売られているトマト1個と日本の1個とが、同じ大きさ、同じ重さ、同じテースト(味)であれば、同じ価値、価格を持つという仮定(一物一価の法則という)のもとで計算される対外貨為替レートのことである。

英国エコノミスト誌の有名なビッグマック指標もPPPの考えのひとつで、対米ドル:1ドル=85.7円であり、現在(2010年8月27日6時)対米ドル:1ドル=85.24円と比べれば、ほぼハンバーガPPPが指し示す水準値である。

円高は一般的に、日本国内の製品価格が海外製品と比べて割高になるため、外国へ製品販売している業者にとっては不利である。しかし同時に、外国から製品を購入する業者にとっては、外国製品が相対的に割安となるために有利である。円高は「輸出企業には不利、輸入業者には有利」と言われる理由である。

問題は円高は日本経済・景気にとって不利、または有利なのか。日本経済の構造を見ながらそのことを考えよう。どこの国であれ、いつの時代であれ、経済活動・景気変動は、

(1) (需要)=(供給)

の均等式が成り立つよう変動する。「需要」とは購入者(消費者・企業)であり、「供給」とは生産販売者(労働者・企業)である。 *労働者は労働サービスを企業など生産者に生産販売している。

もし、このとき

(2) (需要)>(供給)

が成立すれば、需要超過と言う。このとき、購入者が経済には多く存在し、モノの値段(物価)が上昇し、利益拡大のチャンスと考える企業は生産・雇用を増やす。結果、供給が増えて、(1)式の均等式に回帰する。逆も然りで、供給が多ければ、物価が下がり、企業は生産・雇用を縮小させる。丁度(2)式が、「好景気」を表し、逆の不等号のときは「不景気」を表す。

経済は(1)式がバランスするように動くのである。 

*いわゆる「ケインズ派」の考えは、「需要が供給を生む」という「有効需要の原理」を唱え、「古典派・RBC派」は「供給が需要を生む」という「セイの法則」を唱える。どちらも正しい議論ではあるが、一部の経済学者はモノが余る「成熟社会」ではケインズ派が、モノが不足する「発展途上社会」では古典派の考えが妥当すると言う解釈を与えている。ここでは、ケインズ派の理論に則って議論を進める。

この考えをもとに経済全体の需要(GDE)の項目を詳しく見ると、

(3) (需要)=(消費)+(投資)+(政府支出)+(輸出)-(輸入)

である。問題はこれら各需要項目の全体に占める割合である。消費(個人・政府消費)の対実質GDE比(2008年)はおよそ73%で、海外の需要項目、外需すなわち(輸出)-(輸入)は4.9%にすぎない。乱暴に言えば、マックス(最大)で100%だけ外需が下落すれば、つまり、まったく外需がなくなったとき、日本経済の需要を約5%押し下げる計算になる。金額に換算するとおよそ27.8兆円。国内需要(内需)がおよそ95%、528.7兆円を考えるとさほど大きな数字ではない。割合だけで見ると、外需の消失はスーパーの5%還元ポイントセールが無くなったのに等しい。

*GDEは国内総支出のことで、GDP(国内総生産)と同値である。これはちょうどGDEが「需要」に、GDPが「供給」に該当すると考えてもよいが(厳密には、これらの数字は同じものを違う面で見ているため、GDPが供給と言うのは正しくない)、これらの値は常に均衡する。また、需要項目で、なぜ「輸入」を差し引くかというと、国内の消費には外国製品の購入が必ず含まれるからである。輸出は外国への販売、すなわち外国人の需要(外需)で、輸入は日本人の購入、つまり内需である。2重計算を避けるために差し引く。また、(需要)=(内需)+(外需)である。

なお、(3)式から

(4) (需要)-(消費)-(投資)-(政府支出)=(輸出)-(輸入)

が成立し、(需要)-(消費)-(政府支出)=(貯蓄)、また、(政府支出)=(税金)、(需要)=(所得)である(GDE=GDPが成り立つから)ことを考えれば、

(5) (貯蓄)-(投資)=(輸出)-(輸入)

が成立する。これは何を意味するか。(5)式を書き換えると、

(6) (供給)-(需要)=(輸出)-(輸入)=(純輸出)=(貿易サービス収支)

であり、上記式は常に均衡が成立する。すると、(6)式の右辺の解釈は、「国内の経済・支出活動の反射鏡」であることを示す。景気が悪くなれば、需要が冷え込み、(6)式右辺はプラスになり、輸出超過、すなわち貿易黒字になる。*財務省の「貿易統計」での貿易収支と上記の数字は一致しない。

このことから、

(7) (景気の低迷)=(貿易収支黒字)

といえる。円高は外需の押し下げ要因、景気低迷要因であるが、たとえ外需が消失しても、日本経済には5%のマイナス影響しかない。このことより、日本経済は欧米諸国に比べても「内需主導型経済」であると言える。

*貿易収支の黒字は、海外への販売である輸出が外国からの購入である輸入よりも多いことを意味し、この裏では外貨の受け取りが支払いよりも多くなる。国内企業は外貨を邦貨(円)に換え、決済しようとするので円のニーズが強くなり、「円高」になる。また、国内物価の下落も「円高」要因である。名目為替レート:1ドル=E円とすると、実質為替レート:米国のトマト1個=日本のトマトF個とすると、

E=F×(日本のトマトの値段)÷(米国のトマトの値段)

となる。日本のトマトの値段、つまり日本の物価が下がると、名目レートEは減少つまり「円高」になる。さらに、国内の資産にかかる金利上昇も「円高」要因とされるが、内外の金利差(日米間の長期国債金利)は米国金利のほうが高い。

②政府・日銀の政策
以上の5%の変動が日本の実体経済(GDE)にマイナス影響を及ぼし、日本の株価を押し下げているのだろうか。単回帰分析を使って考えたい。これは、株価(日経平均)と経済(名目GDP)との関係を

(8) (日経平均株価)=a×(名目GDP)+b

という中学校で習った1次関数の形に直して、お互いの相関関係(因果関係ではない)を見ようということだ。データは過去10年(2000年~2009年)の日経平均(終値)、名目GDPを使った。すると、

(9) (日経平均株価)=0.225×(名目GDP)-99413.7

となる。定数項、名目GDPの係数の推定値ともに有意水準5%で帰無仮説(係数=0)を棄却でき、日経平均の変動を説明するには、名目GDPが必要であるといえる。(相関係数=0.84)このことから、外需の対名目GDP比は、5.3%であり、かりに外需が消滅すれば、0.053×0.225=0.011、つまり1%だけ株価を押し下げる計算になる。

*もちろん、サンプル数を増やす、変数を増やす、また経済の構造変化を考慮に入れるなどより細かく計算すべきだが。さらに、実質GDP(物価の変動を取り除いたGDP)を用いて、同様の単回帰を行うと、帰無仮説を有意水準5%で棄却できない。このことからも、日経平均は実体経済と強い関係があるとはいえない。また、為替レート(東京市場)でも同様の分析を行うと、これも日経平均と強い関係は確認されない。

**株価には東証株価指数(TOPIX)も存在する。日経平均は日本経済新聞社が作成・公表し、東京証券取引所1部上場約1,700銘柄から代表的な225銘柄の株価の単純平均として表されるため、高い銘柄の動きに左右されやすい。そこで、高い銘柄の動きに左右されないように、上場銘柄の株式数を考慮して加重平均として表したのがTOPIXである。TOPIXは、株式数の多い大型株(資本金100億円以上)の動きが大きく投影される傾向がある。

***日経平均の変動は輸出関連・ハイテクなどの値による影響が大きいのに対し、時価総額を基準とするTOPIXは、時価総額の大きい大手銀行株をはじめ、内需関連株による影響が大きい。

****株価は一般的に「先行指標」とされ、景気に先行して動く。

直近の日経平均は8月8日以降、9500円を割り込み、円も6月下旬以降90円を割り込み、27日現在株価は8900円程度、円は対米ドル85円程度である。

乱暴に言えば、円高により外需が消滅しても、株価は1%の下落、つまり9500円からだと95円程度のマイナス、9405円程度になることが予想される。このことからも、株は円高による実体経済、外需減少要因だけではなく、他の要因にも大きく左右されているのではないかと考えられる。

この単純計算からも、昨今の株価下落と円高の実体経済(外需)に与える影響とに大きな関連はなく、政府による為替の介入、日銀の一段の金融緩和などといった対応には注意が必要である。

そもそもこれらの政策の目的は何か。「景気対策」か、それとも「円高対策」か。たとえ、

(10) (円高対策)=(景気対策)

だとしても、円を仮に安くでき、外需が100%増加しても(2倍になっても)、GDPにはプラス27兆円だけの増加である。GDPギャップが20、30兆円程度だと言われているから、それを埋めるのにちょうどいいかもしれない額だが、欧米などの海外の景気が悪化している中、ありえない話である。

*GDPギャップとは、潜在的な生産能力と需要との差で、日本経済は20、30兆円程度需要が足りないと言われている。

政府の為替介入は「円を売る」ことであり、日銀の金融緩和は「流動性(円)を増やす」ことである。どちらも市場に円供給を増やす政策で、「円を安く」させよう。ただ、仮に円を安くできても、それにより、景気にどう影響するのか。小生が示すように、外需が倍にならないかぎりGDPギャップを埋めることができないし、日銀は金融緩和を続けているし、政府財務省の円売り介入も他通貨が安いうえ、ハンバーガーPPPで見て円は適正値であり、政策効果は非常に限定的であるだろう。「何もしないこと」と変わらないかもしれない。

*経済通なら「乗数効果」(ある需要項目の経済全体への波及効果)はどうした、と聞くかもしれない。ご承知のとおり、45度線分析で海外部門を導入(限界輸入性向)し、海外部門を考えな国内経済における政府支出の増加による経済波及効果(政府支出乗数)に比べて、外需(輸出)が増えることの乗数効果は小さくなる。

③まとめ
1、外需の内需(実質GDP)に占める割合は小さい(5%)
2、外需の低迷・円高と株安(日経平均)との関係もごくわずか
3、政策的対応は非常に限られ、その効果も非常に小さいだろう