Monday, October 20, 2008

不良債権問題の覚書

「不良債権問題を考える ―現場の視点を踏まえて」

第10回OFC講演会
(当時大阪大学大学院経済学研究科)現近畿大学 安孫子 勇一教授

1. 不良債権の基礎知識
不良債権とは、収益性があるとの判断から貸出されたものの、諸事情から思うように収益が上がらず、約定通りの返済が難し くなった債権です。もっとも、不良債権といっても、全く返せない程悪いもの(原則として償却あるいは引当を行います)から、一部分あるいは大部分返せるも のまで、非常に幅広い概念です。

不良債権か否かの線引きには、なかなか難しいところがあります。例えば、アパート経営者への貸出があると します。それを返せるかどうか判断する際、アパートの家賃収入が将来にわたってどう推移するか予想します。アパートの家賃収入は一部屋あたりの単価と何人 入るか、の掛け算となります。場合によっては空室もあるでしょうし、家賃が将来どうなるかも考慮しなければなりません。アパートに入居していても家賃を 払ってくれない人がいるかもしれません。これらを全て考えて収入を予想し、その収入から借入金をちゃんと返せるか銀行と議論することになるのですが、前提 となる空室率、一部屋あたりの家賃はあくまでも予想にしか過ぎません。アパートのそばにあった工場が移転すれば空室率が上がるでしょうし、近くに立派な新 築アパートが出来れば、そこの家賃は下げざるを得なくなります。このように、前提の置き方や環境変化次第で不良債権かどうかが変わるものなのです。

...また、早期是正措置が98年度に導入されて以来、銀行は原則年2回、自己査定を行なっています。銀行が各企業のバラン ス・シート、資産内容、貸付金の内容、担保価値などを自分で査定するようになったのです。それまで銀行の資産をチェックしていたのは大蔵省の検査(MOF 検)で、銀行は受身でした。自己査定制度の導入は、銀行に個々の貸付先の状況について定期的に見直すというインセンティブを与えたという意味で、画期的な 制度変更だと思います。また、自己査定の結果に応じて銀行は、償却・引当をしなければなりません。しかも、公認会計士がそのチェック体制が十分か確認する ことになりました。その上、金融庁の金融検査や、日本銀行の考査でも償却・引当の妥当性などをチェックします。このため、金融機関の信用リスク管理が厳格 化しつつあります。

 自己査定では、債権を回収の可能性により下記の4種に分類します。

  第Ⅰ分類:正常債権
  第Ⅱ分類:回収に注意を要する債権(要管理債権も含む)
  第Ⅲ分類:回収に重大な懸念のある債権
  第Ⅳ分類:回収不能債権

Ⅰ~Ⅳの分類に先立って、借り手を「正常先」、「要注意先」、「破綻懸念先」、「実質破綻先」、「破綻先」の5つの債務者区分に分類します。正常先への 債権は原則としてⅠ分類(正常債権)になります。要注意先への債権は、国債や預金担保などの優良担保、あるいは政府保証などの優良保証があるものはⅠ分類 ですが、優良担保・優良保証のないものはⅡ分類です。破綻懸念先への債権のうち、優良担保・優良保証がついたものは先ほどと同様にⅠ分類、土地や株などの 一般担保や一般保証のついたものはⅡ分類、担保や保証のないものはⅢ分類になります。Ⅲ分類になると個別に貸倒引当金を積む必要が出てきます。検査や考査 の場では、債務者区分をどうするかが大きな問題となるようです。正常先なのか要注意先なのか、あるいは要注意先なのか破綻懸念先なのかが、よく議論になり ます。

2.不良債権の発生理由
貸出を行う場合の一般的な手順を整理しますと、まず貸出の申込を受け、審査します。次に、担保や保証、期間、金利等の条件を決定し、貸出を実行します。 貸出中には利払いや返済状況をチェックし、期限までに返済して貰いますが、約束どおり返済されない場合、返済条件を見直すか担保処分等で回収を行います。 審査の結果、貸してもよいとされたお金が必ず返済されるとは限りません。企業は様々なリスクを抱えていて、お金を借りたプロジェクトがうまくいくとは限ら ないのです(例:食品会社の食中毒、狂牛病の発生等)。貸出には不良債権がつきものだということを、まずご理解下さい。


...ただ、これらの事例が生じても、銀行が必ず取りはぐれるわけではありません。担保や保証の価値がそれなりにあれば回収で きます。実際バブル崩壊前は、倒産しても不動産担保などを売却した後の銀行のロスはゼロあるいはごく僅かという事例が沢山ありました。当時は、担保の不動 産なり株が上がり続けていたからです。バブルの崩壊後には、土地の値段はどんどん下がり、今の日本の地価は一番高かった時期に比べ、平均では3分の1以下 にまで落ちています。これだけ地価が下がると、せっかく担保の土地を売ったところで十分回収できず、ロスが発生します。これが現在の不良債権問題発生の大 きな背景です。

3.不良債権が銀行に与える影響
銀行に限らず金融業では、本業の儲けの源泉は、
(資金運用収益)―(資金調達費用)―(営 業経費(人件費+物件費+税金<固定資産税などの地方税が中心>))ですが、実はもう一つ4つ目の重要な要素があります。貸倒損失や引当で す。実はこれが、貸出の収益性を考える際のポイントなのです。

日本の銀行は、今では本業の儲けがかなり苦しい状態になっています。まず、資金運用益ですが、資金運用利回りという数字を見ますと、かつて銀行は貸出な どで平均的に5%~8%位で資金運用できていたのに、現在では低金利政策もあって、2%を切るところまで下がってきています。一方、資金調達コストは、預 金金利がどんどん下がったため、今では0.5%を切るところまで低下しています。この間、営業経費は約1%かかっています。この結果、2%近い運用利回り のうち1%は経費に食われ、0.5%位は資金調達コストですので、利鞘は0.4%を少し下回る位しかありません。

他方、バブルの頃までは貸倒損失や引当は あまりなかったのですが、最近はどんどん増え、2001年度には直接償却だけで0.4%位まできており、間接償却も含めると、ひどい年には1%を超えてい ます。利鞘は0.3%台ですので、不良債権処理まで考えれば、銀行は損を出しているのです。このため、銀行はタケノコ生活を余儀なくされ、身ぐるみを少し ずつ剥がれ、昔安く仕入れた土地や株を高く評価して利益を出すことなどで、かろうじて決算をしています。銀行は貸倒リスクを反映した金利を取れていないの です。具体的に、2002年3月期の全国銀行の決算をみますと、資金の運用収益が14.1兆円、資金調達費用が4.4兆円、営業経費が6.9兆円ですの で、差し引き2.8兆円の儲けのもとしかありません。それに対して、貸出金の直接償却だけで2.9兆円もあり、早くもこの段階で赤字です。このほか、貸倒 引当金の繰入額が4.6兆円ありますので、トータルでは4.8兆円の赤字です。別途、手数料収入が2兆円ほどあるのですが、手数料などの支出もかなり多 く、焼け石に水です。

このように、銀行が赤字決算を行えば、銀行の自己資本比率が低下します。自己資本比率が一定の水準(BIS基準といわれる国際基準の銀行は8%、国内基 準の銀行は4%)を下回れば金融当局から各種の行政措置がとられます(早期是正措置)。銀行はそれを避けようと、貸出の圧縮を図ろうとします。これが、い わゆる「貸し渋り」とか「貸しはがし」の一因と言われています。

また、現在では、信用リスク管理の一環として、取引先企業の信用格付けを行い、定期的に見直す銀行が多くなりました。信用格付けが低い企業に対して、銀行は貸出の回収を急ぐ場合があるようです。ミクロ的には正しい銀行行動であっても、マクロ経済で見ると困った問題が起こる(経済学でいうと「合成の誤 謬」)可能性があります。信用格付けが低い企業から一斉に貸出を回収すれば、景気が悪くなっても不思議ありません。日本では7割が赤字企業と言われていま すので、こうした企業の資金繰りは厳しくなります。

...こうした中で、多くの銀行が不良債権処理を一斉に行えば、担保処分などから地価が一層下落し、失業者の増加などで景気や他の債権者の財務を悪化させ、不 良債権が更に拡大する恐れもあります。雇用の新たな受け皿を創出するための政策措置や、産業再編の痛みを緩和するための措置も同時に考える必要があるので はないかと思います。

4.不良債権処理のためになすべきこと
まず、銀行は自助努力を行う必要があります。第一に、信用リスク管理の高度化が大切です。信用リスク管理のためのデータを蓄積し、統計学などを用いて高 度な分析を行い、それを反映した金利設定を行っていくことが大事だと思います。運用資産の中身をよく知った上で、金利のみを武器とした無用な貸出競争はや めることも大切です。

第二に、不良債権を正常債権にするための借り手サポートも重要です。借り手の色々な弱点を補強したり、情報を提供したりして銀行がサポートすれば、不良 債権とみなされていた借り手が正常化することもあります。ただそのためには銀行が借り手の実情を正しく知ることが前提となります。

第三に、証券化やデリバティブなど新しい手法を活用したビジネスの展開を考える必要があります。最近では、債権の流動化が比較的容易になり、企業も財務 リストラをしやすくなりました。それを銀行がサポートすれば、手数料収入を得ることもできます。新規業務を高度な手法で行うことも、銀行が立ち直るための 一つの方法だと思います。

第四に、既存業務の高度化を図ることです。貸出プロジェクトの収益性を見極める力、収益状況を的確に把握する力の向上が求められます。今までむしろ蔑ろにされてきた既存業務を、きっちりやっていく必要があります。

第五に、営業経費面でのコスト削減です。人件費や物件費を有効に活用し、優れたIT戦略で業務を効率化することが望まれます。但し、あまり職員数を減ら しすぎれば、四番目の貸出プロジェクトのチェックや、二番目の不良債権を正常化するためのサポートができなくなりますので、五番目ばかりに頼るのは能がな いと思います。

第六に、自己資本の増強です。増資を受け入れてくれるお客さんが見つからない銀行は公的資金を視野に入れざるを得ないでしょう。

これらが銀行の自助努力として考えられる対応策ですが、それだけで日本の不良債権処理を行なうには厳しい局面にあると思います。そこで、政策対応も必要 だと考えます。まず、日本経済の活性化、成長産業の育成を図り、良質な資金需要を高める必要があります。第二に、企業会計と税務会計との乖離を縮小するよ うな政策が必要です。最近では税効果会計が導入され、有税償却で払い過ぎた税金を後日返してもらうことを前提に一種の資産を計上できますが、政府が一旦 取った税金は直接返さず、黒字が出た決算期に銀行が納める税金から減額できるだけとしていますので、赤字の銀行には税金が戻りません。将来返ってくる税金 をあてにして銀行が資産計上したのに、返ってこない場合がある仕組みなのです。不良債権の処理を進めるためには、素直に直接返す方式に改めた方が良いので は、と考えます。第三に、今後民営化される公的金融機関の地域金融への貢献も期待されるところです。

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