Saturday, July 29, 2006

日本的経営と経済格差

日本国民の経済格差の拡大に関する議論が絶えない。世帯の所得格差を示す指標「ジニ係数」は1980年以降上昇しているからだ。(※1)


 その理由として、政府は①もともと所得格差の大きい高齢者が増加していること、②所得が比較的少ない単身世帯が増えたこと、を挙げている。政府は、日本は食料などの生活必需品が調達できない「絶対的貧困」の割合が先進国の中で最も低いことから、格差社会化していることを否定している。私はこの見解をおおむね正しいと見ている。

しかしながら、前回のブログにおいて指摘したとおり、正規雇用者が減少する一方、派遣社員やアルバイトなど非正規雇用者が増加していることは、労働者に職能・技能が蓄積されないため、社会的に大きな問題である。企業は非正規雇用者への教育訓練への意識が低く、多くの非正規雇用者は自ら非正規社員の道を選んでいると考えている。

非正規社員が増えたことに対して、本人の意思決定以外に、企業経営を取り巻く市場経済の競争環境が大きく変わったことも指摘されている。終身雇用制などの「日本的経営」(※2)は、従業員や取引先などと長期継続的な関係を大切にし、長期的な利益を拡大していくという文化の総称であったが、日本の企業経営が短期利益の追求、株主重視の方向へ変化しているといわれている。

この点について、2006年度の経済財政白書は面白いことを指摘している; 従業員が利害関係者、ステークホルダー(※3)として重要だと答えた企業は、ROA(※4)が高い傾向にある、というのである。終身雇用制による優秀な人材の確保・蓄積は企業の国際競争力を高める要因だと考えているらしい。しかしながら、これはROAが高い企業ほど、従業員を大切にできるだけの余裕があるとも考えられる。従業員を大切にするからROAが高いのか、それともROAが高いから従業員が大切にされるのか判然としないものの、従業員、正規雇用の重要性を認識している企業は多い。

業務に対して責任と気概を持ち、幅広く仕事の内容を知り、業務を遂行・行動できるのは正規社員である。社会的に非正規雇用が増えていることが、必ずしも企業が正規雇用を不要だとは考えている証左ではない。業務や職種によりけりで、正規社員を増やしたいと考えている企業も多い。景気が回復する中、正規社員が増えることが予想されよう。

日本は格差社会だと言われて久しい。これは企業の人事戦略の責任ではなく、むしろ企業を取り巻く市場競争の激化、市場の環境変化によるものである。その中で、多様な職種・業種の誕生によるところが大きいのかもしれない。私は、すべての社員が正規社員であるべきだと考えられるべきでなく、多様な働き方がありうるように、現行の税制、年金、社会保険などの制度改革をすべきだと考えている。

※1 ジニ係数・・・・・イタリアの統計学者コラッド・ジニが考案した、所得格差の程度を示す指数。全世帯の所得が完全に平等なら0で、完全に不平等なら1である。1に近づくほど所得の格差が拡大していると考えられている。

※2 日本的経営・・・・・日本企業の代表的な特徴として、入社してから定年退職するまで働き続ける「終身雇用」、長く勤めれば勤めるほど賃金が上昇する「年功序列賃金」と多くの欧米諸国では産業別に労働組合が組織されている中、日本企業は企業別に労働組合が組織されている「企業別労働組合」の3つである。従業員の企業への帰属意識が強く、労使協調路線の経営ができることに特徴を持つ反面、外部の監視による規律が働きにくいという問題がある。

※3 ステークホルダー・・・・・ステークホルダーとは企業活動を行う上で関わるすべての人のことを言う。株主、顧客、地域住民、官公庁、研究機関、金融機関、そして従業員も含む。今後、企業はステークホルダーとコミュニケーションをとり、ともに成長し利益を実現していく必要があると言われている。

※4 ROA・・・・・総資産に占める税引き後利益の割合。企業が保有資産をどれだけ効率的に使ったかを示すとされている。

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